連日の雨でじっとりとした季節になりましたね。
田んぼ添いを通ると代搔き作業をされているのをよく見かけます。
そろそろ田植え幕開けということです。
飲食店を経営していると季節に触れる機会が多いですが、半年後の収穫のためのそういった農作業を見ていると、私たちがまな板の上や器の中に見る旬な食材たちは季節のほんの一瞬の断面をみているに過ぎないと感じます。
だからこそ儚くって。
その一瞬の旬の食材をいただくことに感動があると思ってます。
ただ口先で味わうのではなくって、心だったり想いだったり。
もっと奥行きがある風景。なんかそんな感じの、感動。リアル。を料理を通して味わっていただきたい。共感したいんです。
昨日の夕焼けが綺麗で。
球磨川沿いの細道から見えた目一杯に広がる田植え待ちの水田が雨上がりの濃厚オレンジの夕陽を反射して、、、もう、感動でしょって話。
そこからのインスピレーションで料理で表現。
例えば、若鮎ろう雲丹焼き。料理を通して“あの日見た夕陽”を伝えたいんです。
言葉遊びにも似たような遊び。
自分が大好きな空間で楽しんでもらいたい。
鰻屋ですが私は日本料理人でありたい。
去ってゆく季節を眺めるのも、来る季節を待ちわびるのも、素敵だと思うし、
上手に表現できる料理人になりたい。
夏本番を目前にもう半年経ったのかと思う自分と、
まだまだ夏、秋、冬と楽しみにしている自分もいる。
料理人として6月を料理できるのもあと30回ほどかな。
ふと目に入った風景が心に刺さった。
人生の折り返し地点を見た気がした。
四代目